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関門観光企画の下関会員より下関の最新情報をお届けします
こんにちは、春帆楼です。
春帆楼の由来について、あまりご存知ない方もいらっしゃるのではと思い、本日は春帆楼の由来についてお話させていただきます。

明治初期、大分県中津藩の御殿医の蘭医・藤野玄洋が現在の地(下関市阿弥陀寺町)に病院を開業いたしました。のちに玄洋の妻であるミチが改造して始めた割烹旅館が春帆楼でございます。玄洋と親交の深い伊藤博文公が、「春うららかな眼下の海にたくさんの帆船が浮かんでいる」様子をご覧になり、「春帆楼」と命名いたしました。
こちらが春帆楼の名前の由来でございます。

昨年末の12月11日に、日清講和記念館が登録有形文化財に!
日清戦争(1894-95)の講和条約が下関で調印されたことを後世に伝える為、下関市が春帆楼の東南に建設したものです。(記念館の見学は、無料になっております)

次回は、春帆楼が何故「ふく料理公許第一号」と広く知られるようになったのかをお話させていただきます。
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